伴走の共生システム

 障害者ランニングの伴走を始めて、かれこれ20年を超えるだろうか。
 ぼくがかかわっているのは「アキレストラッククラブジャパン」といって、ニューヨークに本部を置くグローバルな非営利民間走友会の日本支部である。
 交通事故で片足を失ったニューヨーカーの一人が、義足でニューヨークシティマラソンを完走、その快挙を機に、障害者とボランティア健常者のランナーが集 まり、アキレストラッククラブが結成された。ちなみに、このクラブは、今や世界58カ国に支部がある国際組織だが、その日本支部はぼくが創設して、今年 16年目を迎え、その先進的な活動ぶりで昨年度のランナーズ団体賞を受賞している。

 このクラブの一つの特長は、あらゆる障害者への対応にある。障害者にかかわる団体活動と言うと、とかく、日本では障害の種類別に固まってしまう傾向があるのだが、ぼくらのクラブに障害種別の線引きは一切ない。
視覚障害、脳性まひ、肢体障害、知的障害、車いすなどさまざまな種類の障害者ランナーが、何の分け隔てもなく、それぞれの思いでクラブ活動の輪に加わる。 なかには目が見えず、耳も聞こえないといった重複障害者が伴走付きで走り、あるいは障害者手帳こそ持たなくても、例えば、がん治療の大きな手術をした後、 再起のために、と走る人もいる。

 当たり前のことだが、メンバーの走力にはばらつきがある。定例練習会(毎月第2と第4の日曜日午前10時から東京代々木公園。興味をお持ちの方はどう ぞ)で、1㎞の周回コースを1周か2周歩くだけという障害者がいる。車いすから降りてボランティアにバランス補助を受けながら、休み休み歩いて1周するの がやっとという障害者もいる。その一方で、伴走者泣かせ?のスピードを誇る障害者や100㎞のウルトラマラソンを完走する障害者がいるし、パラリンピック のマラソン金メダリストもいるといった具合だ。

 ぼくは勝手に考えているのだが、スポーツに親しむことは、障害、体力のあるなしにかかわらず、万人に公平な権利である。ほとんど人生の基本権といっても いい。ランニングなら、ランニングの基本的人権であって、だれかれ問わず、走る(歩く)楽しさを享受する資格を有している。
当の基本権を満たす条件としては、走力なんて二義的でしかない。大切なのは自由なスポーツマインドとチャレンジスピリットなのであって、人それぞれの立場、能力に応じて走り(歩き)、人生が豊かになれば、それでいい。

 近ごろ、ようやく人口に膾炙する言葉になったユニヴァーサルデザインにしても、障害、年齢、体型、人種、言語の違いを超えて、万人のために柔軟快適な公平利用をはかる考え方を核にしている。
 従来のバリアフリーという概念からさらに進んだこの発想は、日本でもすでに日用品、工業製品、建築、都市環境造形からファッションに至るまで、幅広く取 り入れられつつある。ファッションの例をあげれば、障害者や高齢者に着やすく、若い健常者とボーダーレスにおしゃれを楽しめる衣服が工夫されている。同じ コンセプトはランニングにも通じて、走る喜びに、障害、年齢の壁なんてあるはずもないのである。
 ところで、障害者ランナーの伴走についてだが、「何かいいことをしたい」と一念発起して、ぼくらの伴走仲間に入ってくる健常者ランナーがいる。「障害者のお役に立ちたいから」というのだ。

 しかし、この「いいこと」というのが実は曲者なのである。
ぼく自身にもよくある経験だが、自分がなじんでいる障害者伴走の話をすると、
「いいことしてますね」
 なんて言ってくれる人が多い。
まあ、ときに外交辞令の含みはあるにしても、「いいこと」というお褒めの言葉が、どうもこそばゆい。もとより、わるいことをしている気なんぞあるはずないのだが、さりとて大そうな善行を続けているつもりもない。本人の思いとしては

 <楽しいから続けている>  だけの話なのだ。

 ぼくが見るところ、結果的には、「障害者のために何かいいことを」という気持が強い人ほど、むしろ、ボランティア伴走から離れて行くのも早い。
 「いいこと志向」の動機づけは、それはそれで尊ぶべきかもしれないけれど、あまり善意の思い込みが強いと、えてして、障害者の感性とかみ合わない。ついには、当人も伴走で組んだ相手の障害者も、共々に疲れてしまう。
障害者とて生身の人間だから、お仕着せの善意が空回りしてしまうのは、当然と言えば、当然なのだろう。

 伴走といい、ボランティアといい、永く続けるには、まずは伴走を楽しむこと、好きになることである。
「クラブに入って、ずいぶん世界が広がりました」
 と喜んでくれる障害者ランナーが少なくない。ごく限られた内々の人間ばかりで固まっていた感性の窓が、外へ大きく開いた、ということなのだが、同じこと は健常者の伴走ボランティアにも言える。クラブでいろんな障害者と交流し、健常者の世界だけにいては開かない心の窓が開く。窓の外の人間的出会いがうれし くないはずはない。

 障害者であれ、健常者であれ、ランニングを愛する者同士、アクティブな汗の爽快感を共有する。肉体言語が通じ合う。レースの想い出話に花が咲き、新たなレースのチャレンジにも会話が弾む。
ボランティアの市民文化とユニヴァーサルデザインの共生システム。その組み合わせの深化から、伴走の楽しさもまた、いや増そうというものである。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 
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