「ワールドカップ」こぼれ話(その1)

 

 

           

                                   眞砂 睦

 

ワールドカップが来年にせまってきました。舞台はブラジル。1950年以来2度目の開催ということで、サッカー王国はいやがうえにも盛り上がりをみせています。
サッカーは世界で最も人気のあるスポーツです。その頂点を決めるワールドカップの試合には、オリンピックをはるかにしのぐ人々がテレビにくぎ付けになります。その世界最大のスポーツの祭典にまつわるこぼれ話を、連載でお届けしたいと思います。

サッカーは英国うまれですが、最初に世界選手権が開催されたのは南米ウルグアイでした。1930年のことです。第1回大会は地元ウルグアイが優勝、以後第2次大戦で一時中断しましたが、戦後の1950年に第4回大会として再開されました。その舞台となったのがブラジルです。そして来年20回目となる大会が、54年ぶりにブラジルに帰って来るわけです。
 altブラジルは20回すべての大会に出場している唯一の国です。それになんといっても4回のイタリア、3回のドイツを押さえて、最も多い5回の優勝を勝ちとっています。「王国」と言われるゆえんです。
 20回大会の優勝決定戦の舞台はリオデジャネイロの「マラカナン球戯場」です。マラカナンは1950年のブラジル大会に合わせて建設されました。立ち見席もいれると20万人を収容できる世界最大のサッカー場でした。「王国」ブラジルのメインスタジアムだというので、世界のフアンから「聖地」と呼ばれています。しかし築50年以上経ていることから、今回全面改築されました。立ち見席をなくして、9万5千人収容の近代的な舞台に生まれ変わったのです。ここで来年の優勝決定戦が行われます。
 しかしこの聖地には、50年を経て今なおブラジル人の心を重苦しく締めつけている悪夢が隠されているのです。
1950年、初めてブラジルがワールドカップの舞台になるというので、国中が熱狂のるつぼと化していました。1940年代に独裁政治から脱して民主憲法を制定し、大戦の戦場とならなかったブラジルは経済的にも大国の片りんを見せ始めていた時代です。万事自信を深めていた国民には、この世界一の壮大な競技場で、この大会の優勝杯を握るのはブラジルチーム以外とうてい考えられませんでした。「2番ではだめ」だったのです。
予定通り決勝リーグに進んだブラジルはヨーロッパの強豪、スエーデンとスペインを大差で粉砕、順調に決勝まで駒を進めました。決勝戦の相手はお隣のウルグアイとなりました。ウルグアイには大会直近の2試合に楽勝していました。これで優勝が決まったと考えないブラジル国民は誰ひとりいませんでした。リオの有力紙は試合前日、早くも「世界王者の面々」として自国の選手を大々的に紹介しました。優勝を先取りしたのです。
そして運命の7月16日。マラカナンは20万の人々で埋め尽くされました。ピッチの外では仕事はそっちのけで、国中の人々がラジオにしがみつきました。しかし結果はなんと2対1でウルグアイが勝利!! ブラジル全土が静まりかえりました。
サッカーはブラジルの国技です。世界最大のスタジアムを造って国を挙げて迎えいれたワールドカップでした。そんな大会で、力では劣るとみられていた相手に、こともあろうに最後の土壇場で、それも20万人もの熱狂的なサポーターの面前で負けてしまったのです。国民は苦しみに喘ぎました。「ブラジル現代史の最大の悲劇」と嘆いた人類学者がいたほどです。「われわれのヒロシマ、それは1950年のマラカナンの悲劇だ」と評した社会学者もいました。あれから50年を経た今も、あの聖地での敗戦は人々の心から消えることはないのです。
 来年再びその「因縁の聖地」が決勝戦の舞台となります。その時ブラジルは、半世紀ものあいだ苦しめられてきたトラウマを乗り越えて、新たな伝説をつくることができるでしょうか。  (2013.5.22掲載)                     (了)
 

 

 

 

 

 

  

 
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